生きていてももう人の役に立たないというのが、「安楽死」を希望される方の主張です。生きること、人生の価値のこと、老いていくことについて、共に考えたいと思います。
【ジェシーさんからのメッセージ】
◆いのちは誰のものですか?
それを考えさせてくれたのは、母の認められない安楽死の独断でした。自殺幇助が罪に問われないスイス。私は生を選べない。その私は死を選んでもいいのですか? 「生きていたってもう人の役に立ちません」と、安楽死を希望される方の主張です。生きること、人生の価値のこと、老いていくことについて、何の為に生かされているのかを考えなければなりません。「今いのちがあなたを生きている」のは、「いのち」が私となり現れたことです。だからこそ、いのちの私有化をしてはいけません。死にざまを考えるより、生きざまを考
えることです。「生まれた意義と生きる喜びを見つけよう」という親鸞の呼びかけに、私たち一人一人が応答していかなければならない時が来ているといえるのではないでしょうか?